ファシリテーター

内山 拓朗 ビーレガシー編集長

地域で活動する人々に話を聞き、その仕事や思いを伝える。

南アルプスと中央アルプスに挟まれた長野県伊那市。豊かな自然や気候を生かした農業に加え、子どもの学びや若者の働く場所をどう育てていくかが、まちの未来を考えるテーマになっています。

市役所での仕事、花の栽培、市議会議員としての活動を経て市長になった吉田浩之さん。地域を歩いて聞いてきた市民の声と、暮らしやすいまちをつくるために大切にしていることを伺いました。

二つのアルプスに囲まれた暮らしと朝晩の涼しさ

内山:まず、伊那市がどんなまちなのか教えていただけますか。

吉田:東に南アルプス、西に中央アルプスがあって、二つのアルプスに挟まれた、自然にあふれたところです。

寒暖差も結構あります。夏は日中に30度、35度になることもあるんですが、真夏でも朝になると20度くらいになるんですね。窓を開けて寝ていると風邪をひいてしまうくらいで、天然の冷房のような気候なんです。

内山:今日も日差しは強いですが、空気がカラッとしていますね。歩いていると大きな山が見える景観も印象的でした。

雲に包まれる山並み

市役所と農業の経験を経て市民の声を形にする立場へ

内山:市役所の職員から農業、そして市議会議員、市長へと進まれた経緯を教えてください。

吉田:東京の大学を卒業して戻ってきて、すぐに市役所に入りました。30年ちょっと職員として働いていたんですが、父が花を作っていて、年齢を重ねて引退したいということになったんです。

後継者がいなかったので、農地もビニールハウスなどの施設もあるし、自分が継ごうと。市役所を途中で退職して花農家になりました。何年かして、地域の皆さんから、市役所での経験を地域のために生かしてほしいと声をかけていただき、市議会議員を務めることになったんです。

内山:市議会議員として市民の声を聞く中で、市長を目指す思いが強くなったのでしょうか。

吉田:子育てや福祉にもっと力を入れてほしいという声を、高齢の方や小さいお子さんを持つ方から聞きました。市民の声を聞いて、実際に形にしていく市長が必要なんじゃないか。それを市政につなげたいと思ったんです。

内山:16年続いた現職に挑むことへの迷いもあったと思います。決断するうえで支えになったのは何でしたか。

吉田:応援してくださる方の中にも、現職が出るなら勝てないんじゃないかという声はありました。でも、全地区を歩いて市民の声を聞くと、違う形で伊那市を変えてほしい、私たちの声を聞いてくれる市長が必要だという声が、あちこちで聞かれたんです。

多いときは400〜500軒、少ないときでも100軒くらい回りました。中山間地域は家と家の間が離れているので、歩くのに時間がかかるんですね。活動したのは真冬で、寒さも厳しかったです。

屋外で市民と握手する吉田浩之さん

道路と保育の課題に暮らしの声から取り組む

内山:地域を歩いて聞いた声の中で、まず施策につなげたことは何でしょうか。

吉田:一番言われたのが道路整備です。舗装をしっかりしてほしい、道を良くしてほしいという声に応えるため、補正予算で道路整備の予算を厚くしました。

子育てや教育にも力を入れたいと思っています。保育園に入れたくても入れられないという声がありました。年度の途中で職場に復帰したくても、保育園から「4月からでないと受け入れられません」と言われた方もいました。その間は自宅で子どもを見なければならず、職場に復帰できなかったんです。いわゆる潜在的待機児童の方たちが、できるだけ通えるようにしていきたいんです。

内山:必要な時期に預けられるようにするため、具体的には何に取り組んでいますか。

吉田:特に未満児の保育では、保育士の数が足りていません。人件費を確保したり、再募集したりして、保育士の確保に取り組んでいます。保育士が増えれば、4月からでなくても受け入れられる体制をつくれるわけです。

身近な暮らしの課題について話す吉田浩之市長と内山拓朗

若者が集まる駅前と地元の仕事を知る機会をつくる

内山:子育て支援に加えて、若者が集まるまちづくりも進めているそうですね。

吉田:伊那北駅の近くに新しい高校ができるので、駅前を高校生が通いやすく、使いやすいまちにしていきたいんです。若者が集える場所にするため、駅の整備と合わせて取り組んでいます。

内山:仕事の面では、市外の企業を呼ぶことより、まず地元の企業を支える姿勢を大切にされていると伺いました。

吉田:企業の皆さんに一番の困り事を聞くと、人手不足だと言われます。新しい企業が入ってくると、給与などにひかれて人が移ってしまうこともある。自分たちの足場になる地元企業を、しっかり見てほしいという声があったんです。

内山:地元の企業と若者をつなぐためには、どんなことが必要でしょうか。

吉田:地域にどんな会社や技術があるかを知らないまま、都会の会社に就職してしまう子もいます。中学生や高校生に、こんな事業所や魅力のある仕事があると伝えていきたいですね。

伊那市には、中学2年生が集まるキャリアフェスがあります。企業がブースをつくって、ゲームや実際の体験、社員の話を通して、仕事や技術の魅力を伝えるんです。子どもたちに、都会だけでなく伊那市にもいろいろな仕事があると知ってもらう。それを、将来戻ってきてもらうことや、Uターンに限らない移住にもつなげていきたいと思っています。

集まった参加者に話をする会場の様子

ヤギの飼育から教科をつなぎ自分で学ぶ力を育てる

内山:教育には、教科を横断して学ぶ独自の取り組みもあるそうですね。

吉田:伊那小学校では、例えば一つのクラスでずっとヤギを飼い、そのヤギを通じて国語、算数、理科、社会を学んでいくんです。

内山:ヤギを飼うことが、具体的にどんな学びにつながるのでしょうか。

吉田:ヤギに対する思いや感じたことを作文にして、その中で漢字を勉強する。餌には何がいいのか、その草はどう育つのかを考えると理科になる。餌代をどう確保するか、お金をどう数えるかは算数になります。一つのものを通して、いろいろな教科を学んでいくんです。

内山:教科書や時間割に沿って進めるのとは違う形で、必要な学びをつないでいるんですね。

吉田:教科書の中にあるものを、そこから全部引き出さなければいけないので、先生の力がすごく必要になります。でも、その分、総合的な力がつく。

時間割や通知表がないと、自由で何でもありの学校だと誤解されがちです。それでは本来の総合学習の意味が伝わらない。しっかりした学習を通して、学力や学ぶ力をつける教育に結びつけていきたいと思っています。

動物と過ごす教室の様子

花の栽培への挑戦を移住と住まいの相談につなげる

内山:ご自身も花の農家を経験されていますが、地域の農業にはどんな可能性がありますか。

吉田:この地域では、アルストロメリアやトルコギキョウが作られています。若い人も多く、20代、30代で、この地域で花を作ろうと来る方もいます。農業で生活できる、収入を得られるという魅力を発信していきたいですね。

内山:自然や気候が、仕事の選択肢にもつながっているんですね。伊那市で農業を始めたいと思ったら、どこに相談するとよいでしょうか。

吉田:まず伊那市に相談してください。新しく農業を始めたい人の窓口があります。移住から相談しても、農業から相談しても、関係する担当が一緒になって相談に乗ります。

内山:住まいについては、空き家を活用する仕組みもあるそうですね。

吉田:都会に出て誰も住まなくなった家などを空き家バンクに登録していただき、その情報を移住希望者に紹介しています。敷地がしっかりある家や、家庭菜園付きの家もありますね。

内山:花を仕事として育てる人もいれば、暮らしの中で家庭菜園を楽しみたい人もいる。やりたいことに合わせて、農業と住まいを一緒に相談できるんですね。

花の作業風景

市政を変えるときこそ説明と違う意見を大切にする

内山:市長が変わっても、まちがすぐに変わるわけではありません。今、市政を進めるうえで難しさを感じるのはどんなところですか。

吉田:前の市政が16年間積み重ねてきたものの中には、見直したほうがいいと思うものもあります。ただ、長い間普通に行われてきたことを変えると、なぜ変えるんだろうと思う方もいるでしょう。

これだけお金を使っても効果が十分ではなかった、このやり方のほうが市民へのサービスが良くなるといった説明をして、丁寧に意思疎通を図りながら見直していく。すぐには変えられないので、時間をかけて取り組むことが課題だと思っています。

内山:市長選への挑戦を決めたときも、迷いがあったそうですね。どんな言葉が背中を押したのでしょうか。

吉田:年配の方から、やらずに後悔したことが残っている、やって後悔すればよかったという話を聞いたんです。自分も、やらないで後悔するなら、失敗してもやったほうが人生に納得できるだろうと。挑戦し続けることが、悔いのない人生につながると思いました。

内山:一方で、トップの判断がいつも正しいとは限らない。周囲の声を聞くために意識していることはありますか。

吉田:トップにはみんな気を使って、言いたいことを言ってくれなくなるんです。でも、自分の判断がいつも100点満点ではないし、間違う可能性は誰にでもあります。

それはやめたほうがいい、間違っているからこうしたほうがいいと言ってくれる人を、できるだけ周りに置いておく。そして素直に耳を傾ける。上に立つ者として、絶えず意識しなければいけないと思っています。

吉田浩之後援会の事務所開きの様子

人の手で景観を守り住みやすさが続くまちへ

内山:これからどんな伊那市を目指していきたいですか。こうなれば市政は成功だと言える姿を教えてください。

吉田:市民の皆さんが、今までより暮らしやすくなった、生活しやすくなった、私たちの声を聞いてもらえるようになったと思ってくださること。それが、市政をやってよかったという答えにつながると思っています。

古くなったものをそのままにせず、手を入れて直していく。農地も荒れたままにせず、いつも手が入っている状態にする。人が手を入れて初めて生まれる美しさが、日本の自然にはあると思うんです。

そういう地方都市の美しさをいつまでも維持できる伊那市にしたい。それが、ここに住む皆さんにとって住みやすいまちになっているんだろうと思います。

市政運営について対談する吉田浩之市長と内山拓朗

関連情報

伊那市の暮らしや移住、農業については、以下の公式情報をご覧ください。

内容詳細
本編インタビューYouTubeで見る
伊那市の情報伊那市公式サイト
移住・定住の相談伊那市の移住相談
農業を始めたい方へ伊那市の新規就農支援公式サイト

※本記事はインタビューをもとに、発言の趣旨を保って編集しています。読みやすさのため、聞き手の質問・要約は一部再構成しています。施策や取り組みの発言は収録時点のものです。利用条件などの最新情報は、各公式窓口でご確認ください。

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